吉祥寺





< 沿 革 >

本  尊   阿弥陀如来

 当山は、臨済宗東福寺派の祖として有名な学僧聖一国師圓爾辨圓(12021280)によって開山され、新田氏縁の河田封馬守義賢が父但馬守義光の菩提を弔う為、永禄五年寺を建立したのが始まりとされる。古は上州世良田長楽寺末で、山号は当地中瀬に因んだ長勢(ながせ→ちょうせい)であり、院号は河田義光公の名に由来する。

 承応元年と元禄十年に火災に遇って堂宇・寺宝の多くを失うが、十五世慶海・十八世寛海が各々よくこれを復興し、後、南王山普門院観音寺・無量山新田院観行寺・修験道明王山大光院と合併する。現在は享保十三年建立の本堂の外、観音堂・不動堂・山門・鐘楼・外が残るだけだが、昔日は薬師堂・釈迦堂・十五社・稲荷社・雷電社等々を有していた。

 本尊は伝慈覚大師作木造阿弥陀如来立像。又、聖観音・薬師如来・釈迦如来・青不動・役行者・ふれ愛観音第二十一番(西村公朝師作)等の仏像があり、外に江戸三大彫物師の、石川勝右衛門作の欄間、文晃作の山水画、樹令450年の大銀杏等を有する。

歴代住持には、寺小屋教育に尽力した恵真、文人の観海、民情を統率し地域自治に貢献した乗円、金峯山寺住職・妙法院門跡・宗務総長・宗機顧問を歴任した三崎良泉師、勧学の前住三十六世三崎良周師等がいる。

年中行事には、大般若会・施餓鬼会等の外、観音祭・不動祭・地蔵祭・花まつり子供会・仏遊会(座禅と法話)等があり、埼北の地にて一隅を照らす活動を続けている。



所在地・連絡

〒366−
埼玉県深谷市中瀬410

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